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2008年8月13日 (水)

理科教育のインターフェース

当たり前だと言われそうだ。テレビを見るために、その<しくみ>を理解している必要はない。<使い方>だけを知っていれば、よい。具体的には、箱の中身をブラックボックスにして、パネルやリモコンなどのインターフェースだけを見せればよいのだ。言い換えると、<しくみ>がブラックボックスで、<使い方>がインターフェースだ。

このようなブラックボックス化は、世の中の至る所に見られる。知恵の使いどころは、インターフェースだ。

大衆はシンプルなインターフェースを好む。iPodは好例だ。だが、それがすべてでもない。今、私が触っているケータイはフルキーボードが付いていて、私にはよく馴染む。なぜか。フルキーボードが一つのインターフェースの「型」だからだ。

インターフェースが「型」にはまっていることは、とても重要だ。古くは信長がこの国の貨幣を統一した。最近は標準化という言葉も使われる。目的はコミュニケーションコストの削減だ。

さて、理科教育である。

理科を教えるとき、すべてを教えることはもちろんできないが、重要なのは何を残して何を捨てる=ブラックボックス化するかである。なるべく「型」にはまった汎用的なインターフェースを提供することが重要だが・・・続く(たぶん)。

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