教育は近い将来、どのように変わるのだろうか?
個人的には、教員の半分は、切符切りに近い運命をたどるのではないかと思う。
かつては、どの駅にも切符切りがいた。それが今では、都市部では絶滅したと言っても過言ではないだろう。切符切りに取って代わったのは自動改札機、つまり「ロボット」である。これによりJRは人件費を減らすことができ、コストダウンをすることができた。
切符切りだけではない。社会のあらゆる機能がコストダウンを迫られている。流通、工業、農業、金融、外食、旅客、販売、そのほかの公共系も含めた様々なサー ビス・・・人件費よりも「ロボット」を導入した方が安い機能に関しては、人が解雇され「ロボット」がその任に就く。この「ロボット化」(世間で言う「合理 化」「改革」)の流れは、今後20年くらいは続くだろう。
教育に関しても、その影響は免れない。情報機器のコストパフォーマンスは上がり続けている。逆に、リッチなコンテンツの作成コストは下がり続けている。つまり、教員の敵はWebクリエイターであり、「ロボット」である。
だが、教育とは知識を教え込むことだけではない。生徒の社会性や人格の形成を支援することも教育である。そして、これらを「ロボット」が行うことは極めて難しいだろう。
結論として、教員の役割は、将来、知識を教えることよりも、集団をコーディネートしたり個々人の生活指導をすることに偏っていくものと思われる。生 徒から見ると、知識は「ロボット」から学び(教育ゲームなどの類も今後のびてくるだろう)、先生から集団生活のルールを学んだりカウンセリングを受けたり する。このような形に変わっていくのではないかと思う。
思い切ったことを言ってしまうと、高校などはかなり人員削減の対象になるのではないかと思う。中学ほど生活指導が無く、大学ほど専門性もない。ただ 生活指導力のない知識を教えるだけの教員は、高校にはかなり多数いると思われるが、そういう教員たちは今後厳しい立場に追いやられるのではないかと思う。
誰もが将来に不安を持つ時代。栄枯盛衰の激しい時代。グローバリゼーションが完了するまでは、まだまだ時間がかかりそうだ・・・
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コメント
「教員」と十把一絡げにして未来を語るのは、無理があるような「未来」になると思います。
つまり、通常のサラリーマンと同じように、きっと教員の中にも格差が生じるでしょう。
その格差は、都道府県ごとにまずは生じるでしょう。そのあとは、学校内においてです。
そこで多くの教員は、「管理職に評価されるのはまっぴらだ」というかもしれませんが、管理職に評価されるのは世の中の常ですので、その主張は受け入れられないと思います。
「評価の基準はどこにおくのか」という教員もいるかもしれませんが、「評価の基準」は、あとは管理職が設定するものです。よって「教員が気にすることではない」ということになるでしょう。
上記2点は、教員組合が弱くなった今、あまり抵抗なく進むのではないでしょうか。
専門性のある教員になりたい、と常日頃から思っています。
投稿: 通りすがり教員 | 2006年6月25日 (日) 09:36
英語学習サイトのiKnow!とかは本当よくできていますよね。
>高校などはかなり人員削減の対象になるのではないかと思う。
思うのですが旧制中学を中学と高校に分けたのは高校進学が常識となった今となっては失敗だったような気がします。
投稿: Piichan | 2008年4月 4日 (金) 01:33