近づく音声入力時代の授業方法を考える 「板書なんて必要ないじゃん」
音声認識技術が驚くほど実用的なレベルに達してきているようだ。auのケータイには以前からナビゲーション機能が付いていたが、目的地を音声入力することが可能になるという。
リンク: もう親指は要らない? au、新しい音声入力機能搭載 - @IT.
「利便性が向上したことだ。乗換検索や目的地検索ではキー操作による入力がとても大変だった。これを音声で一発入力できれば、かなり省力できるだろう」と説明した。
では近い将来、さらに音声入力技術が向上すると、社会は、そして教育は、どうなるのだろう?
- メールを入力する必要はなくなる。音声で入力すればいいからだ。入力にかかる時間は飛躍的に短縮される。
- 書類作成も大まかな内容をざーっとしゃべって入力してから、手入力で手直ししていくというスタイルになるだろう。
- 電話応対でメモを取るときも、紙もペンも要らなくなる。
- 駅で切符を買うときは目的地の駅名を言えばいいし、
- ケータイで電話をかけるときは相手の名前を言えばいい。
- テレビのチャンネルを変えるのも音声入力、
- Webブラウザでお気に入りに飛ぶのも音声入力。
- DVDレコーダーの録画予約も音声入力。
- もちろん、このブログも音声入力で書く(?)ことになるだろう。
これは恐ろしく便利なことだが、心配なのは文書作成に関してである。文書を作成するのにかかる時間は大きく短縮されるであろう。だが、文字を紙に書くという、とても基本的な行為が、すたれてしまうのではないか。
学校での授業は、板書をノートに書くということを基本に成立している。なぜか。耳で聞くだけでなく手を動かすことによって、海馬以外から大脳に直接 情報を入力することになるため、記憶として定着しやすいからだろうと私は考えている(海馬からの記憶定着には一晩ていどの時間がかかる)。
このような文字を紙に書くという行為が社会的に軽視されるようになると、当然、学校でも生徒たちは不満に思うだろう。
「社会に出たら文字を紙に書くなんてことはしなくていいのに、なぜこんなめんどくさいことをしなければならないのー?」
先 生から言われたことは、とにかく何でもめんどくさがるのが、生徒というものである。迎合すればいいというものではない。だが、これは時代の潮流。避けるこ とはできない。文字だけの板書をノートに写すというスタイルは、いずれすたれるだろう。絵を多用する、フローチャートを書かせる、ワークシートを準備する 等、なにがしかの代替案を考えておく必要がある。
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