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2004年12月の10件の記事

2004年12月31日 (金)

教材を探せ!

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仮説実験授業の1つである『もしも原子が見えたなら』を11月にやったのだが、非常に評判が良かった。特に成績が中ぐらい~低いあたりの生徒が、この授業を気に入ったようだ。確かに、この教材は上手くできている。普通に説明すると大変な内容を、たとえ話などを上手に配置して、とてもわかりやすく説明しているのである。

同じようなことは、1学期にもあった。1学期は、少し変わった授業の進め方をする教材を使ってみたのだが、これも上手にできているために、面白い授業をすることができた。

これらを振り返って思うのは、授業の面白さは何に依存するのか、ということである。もちろん先生のキャラクターにも依存するのだが、やはり教材によるところが最も大きい気がする・・・今度、神田とかの大きな本屋に行って、時間をかけて探してみようかな。

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2004年12月29日 (水)

化合のメカニズム

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化合のしくみが気になる子のためにでっちあげた図・・・実際のところ、どうなっているんだろう?

左上は、鉄と硫黄のつぶ(それぞれ原子9個)が接しているところ。左下は、鉄と硫黄の原子が1個ずつ、相手側にもぐり込んだところ。右下はさらにもぐり込み、右上は完全に交互に並んだ硫化鉄になっている。

たぶんこんな感じじゃないかと思うんだけどなぁ。

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2004年12月27日 (月)

立ち止まるか、通り過ぎるか

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アウシュビッツで殺されたユダヤ人の数は600万人と知ってびっくり。ちなみに京都市の人口は150万人、東京都の人口は1200万人。1日1000人殺しても1年で約30万人、600万人殺すのに20年間かかる。いかに人知を超えた狂気がその場で横行していたか。それが、わかる気がする。

昔の俺は、こういう数字を通り過ぎていた。最近ようやく、通り過ぎずに考える癖がついてきた気がする。高学歴の俺でもこうなのだから、子供たちが大きな数字を受け止めることは、至難に近い。言い換えれば、ただ数字を述べることに、意味はない。必ず丁寧な説明が必要であろう。

その一方で、2桁の引き算(90-63)や1桁の割り算(8÷4)すらできない中学生もいたりする。こういう子たちに対しては、また全然違った対処が必要だろうなぁ・・・ていうか、対処できないよなぁ・・・うむむ。

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2004年12月13日 (月)

涙の実験

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この実験が、どうもうまくいかない。水素の確認が、うまくいかないのである。同じ職場の先輩の先生に聞くと、「マッチを近づけるのが遅すぎるのではないか」とアドバイスしてくれたが、やっぱりうまくいかなかった。めげながらWebで検索していると、このようなことを書いているホームページ(水の電気分解)を発見した。

1. 気体が多くたまっている方のゴム管に試験管をかぶせる。
2. 液だめをゴム栓の位置まで持ち上げる
3. ピンチコックを開く。液面がゴム栓まで上がってきたら、素早くピンチコックを閉めて、試験管の口を指で閉じる。
4. マッチの火を試験管の口に近づけてタイミング良く試験管の口を開けて火をつける。(試験官の気体に火がついて音を立てて一瞬で気体が燃える)

この方法で、もう少しやってみるかな・・・この実験て、操作がけっこう難しい実験なんですね。それにしても、だんだん実験するのがイヤになってきた自分が、これまたイヤになってきたり。あと半月がんばろっと(涙)

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2004年12月11日 (土)

中学生ネットゲーマー

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RBB NAVi:メイプルストーリー

生徒の間で、上の画面のゲームが流行っているらしい。クラスに2,3人で、女子もやっているという。無料というのがポイントで、だからこそ中学生でも、遊ぶことができるのだろう。しかし、この紹介サイトを見ると、気になることも色々書かれている・・・

精神的ストレスがかなり溜まる。 平均年齢が10歳だといわれるだけあって、暴言などは当たり前。 相手にしなければいいけど、気になる人はお勧めは全くできない。 無料だからこそのゲームといった感じです。

プレイヤーの質の低さのせいで
普通に精神的にきついゲームだった。

狩場などでの人間関係がとてもギスギスし、
本来あるべきMMORPGでの
人との協力が皆無。常時喧嘩が多発するゲームなので
コミニケーションを楽しみたい方にはおすすめできない。

・・・大丈夫なのか?

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2004年12月 9日 (木)

生活の脅威

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別件で会った先輩の理科の先生と、神保町の古本屋街へ。本を2冊買ってしまった。俺にとって本屋や古本屋は、危険なゾーンである。ヤツらは俺を、その魅惑的な背表紙や帯で誘惑するからだ。一度本を買いすぎて、本当に首が回らなくなってしまったこともある。生活に対する脅威である。実に危険だ。

先輩の理科の先生と少し話す。その先生は50過ぎだが、学生の頃はお金がなくて本を買うことができなかった。今は中学生でも良い本を買ってもらえる。良い時代になったものだ・・・本当になったのかな。ちょっと心配。

そうそう、「明倫館」という古本屋は理工書がよく集まっていて、とても良かった。しかも探している書名を登録すると、入荷した時点で連絡してくれるという・・・これは便利なシステムだ。あなたも何かお探しであれば、試してみると良いかもしれない。

明倫館書店

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2004年12月 7日 (火)

優しい気持ちとハサミ

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いつのまにか生徒が、理科室の水槽をきれいにしてくれていた。川で生き物を捕ったりするのがとても好きな生徒なのだが、その優しさに俺は、心が洗われるような気がして、とても嬉しい気持ちになった。ありがとう。

おっと、ちょっと待てよ、理科室には他にも未整理なものが、いろいろあったよなぁ。うまくおだてて彼を利用すれば、もっと色々やってくれるかもしれねえぞ・・・ぐへへへ。

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2004年12月 5日 (日)

変わる原子、消える原子

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「乱暴な話ですが、水の分子から水素原子をはぎとってしまうには、どうしたら良いでしょうか?」

水の分子を、分子模型を使って作らせてから、こう問いかけてみた。意見はノートに書かせる。先生は見て回って、面白い意見に目をつけ、後で発表させる。

先生側の予想としては「叩き割る」「熱する」「電気を流す」あたりが出てくると思っていたのだが、実際は違った。

「水の分子を熱すると、酸素原子が炭素原子に変わって、水素原子も酸素原子に変わって、二酸化炭素になる」

「水の分子を熱すると、水の分子の両脇についていた水素原子が蒸発して消えてしまう」

(あっ)と思った。

「原子が、別の種類の原子に変わることは、ない」「原子が消えたり現れたりすることは、ない」

これらは、原子の性質として、必ず習うことである。だが、ややもすると先生は、さっとこの部分を通り過ぎてしまう。先生にとっては常識だからである。

だがこれは、おそらく、まずい。予備知識のない生徒の考えの中では、原子が変わってしまったり消えてしまったりすることは、わりと自然なことなのである。だからこそ、ちゃんと原子の性質を教える必要があるのだ。

それにしても生徒たちは、なぜ上のようなことを考えるのだろう。生徒の頭の中でどんなことが考えられているのか、一度パカッと割って確かめられるといいのだが。さーて、どれどれ・・・ほうほう、君はあの子が好きなのか、でもあいつはすでに彼氏がいるんだぞ、残念だったなあ・・・って、これじゃただの冴えないオヤジじゃないか(嘆)

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2004年12月 3日 (金)

ブドウ糖レース

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分子模型を使ってブドウ糖を作ってみた。さらに、いくつかのブドウ糖をつなげると、ねじれた糸状になる。これがデンプンである。このデンプンのらせん構造にヨウ素液の成分が入り込むと、青紫色になるらしい。糖は、らせん構造を持たないので、ヨウ素液に反応しないらしい。へー、なるほどねえ。

学校にあった模型を全部あわせると、ちょうどブドウ糖6個分の数があったため、班別作業として作らせることにした。まず、材料を各班に配る。次に、見本は隠しておき、各班1人ずつ前に来させて見て覚えさせる。しばらく見せた後、班に帰して、記憶を手がかりに作らせる。2人目、3人目と次々に呼び、共同作業にしていく。そして、どの班が最初に完成させるか競争にした。

これは、なかなか盛り上がった。最後にブドウ糖6個をつなげて、デンプン(と言うには短すぎるが)にしてみせ、ヨウ素液の話をしておしまい。でも、ヨウ素液の話は、板書を交えないと厳しい。「らせん構造」を頭の中にイメージできる生徒は、ほとんどいないだろう。

本当はこのブドウ糖という物質、もっともっと重要な意味を持っていると思うのだが、俺自身がよく知らないのであった。たぶん30億年ほど前に、この物質が生命活動をする上でとても便利だということを発見した細胞生物がいて、そこから脈々と現代のすべての動物まで受け継がれてきているのではないかと思うのだが、どうなんでしょう。

それにしても、生物学って楽しいなあ・・・ちなみにこの授業、実は化学の「分解」の話です。そもそも、実のところ「模型で遊びたかっただけ」なんて、口が裂けても言えません。ええ、言えませんとも、ええ。

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2004年12月 1日 (水)

健康的怠慢

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少々弱音を吐かせていただきたい。

最近どうも気が滅入ることが多い。残業時間が長すぎることが原因ではないかと思っている。私の月残業時間は、およそ130時間である。ちなみに厚生労働省の報告によると、月100時間以上の残業は精神に変調をきたす恐れがあるらしい。私は、この記事を何回も読み直した。おいおい、マジかよ・・・勘弁してくれ。

それでも、時間が足りない。授業の準備をする時間が、どうしても足りないのだ。どうして足りないんだろう?私は考えた。そして、ある単純な事実に気づいた。それは、就業時間の中に授業の準備をするための時間は用意されていない、ということである。

もちろん、すでに用意されているプリントを印刷するくらいの時間はある。しかし、プリントの内容を新しく試行錯誤したり、初めての実験のための予備実験などをしようとすると、30分や1時間では、すまない。ノートやレポートといった提出物の点検もある。

実験しようとすると、まず器具を探し出すのに時間がかかる。探し出したとしても、実験が一発で成功することはめったにない。結局、2時間、3時間とかかってしまう。そして、提出物の点検。これがまた、時間がかかる。先日のレポート点検には5クラスで10時間かかった。ノート点検は5クラスで7時間半かかった。すべて、残業である。

この事実が暗に示しているのは、要するに、こういうことである。「余計なことはするな」。実験は、必要最低限のものに限る。プリントは、既成のものを使う。ノートはハンコだけ押し、レポートもABCだけつけて、すぐに生徒に返す。

このようなやり方は、決して怠慢なものではない。なぜなら、そういう授業をしない限り、残業時間を常識的な程度にとどめて精神的健康を確保することは、不可能だからである。つまり、あれこれと授業のために準備する時間は、用意されていないのだ・・・なんてこったい。

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